藤原道信朝臣

藤原道信朝臣の和歌

短 歌
明けぬれば暮るるものとは知りながら なほ恨めしき朝ぼらけかな
意 味
夜が明ければやがて日暮れが来ることは知っていますが、(あなたと別れなくてはいけないので)恨めしいあさぼらけだ

藤原道信朝臣の人物像

藤原 道信(ふじわら の みちのぶ、天禄3年(972年) - 正暦5年7月11日(994年8月25日))は、平安時代中期の公家・歌人。藤原北家、太政大臣・藤原為光の三男。官位は従四位上・左近衛中将。中古三十六歌仙の一人。 藤原道信朝臣(ふじわらのみちのぶあそん)

藤原道信朝臣の経歴

寛和2年(986年)伯父・藤原兼家の養子として淑景舎にて元服。寛和3年(987年)右兵衛佐、永延2年(988年)左近衛少将、正暦2年(991年)左近衛近中将兼美濃権守に叙任。正暦5年(994年)正月には従四位下に叙されたが、同年7月11日当時流行していた天然痘により卒去。享年23。

藤原道信朝臣の人物

非常に和歌に秀で、奥ゆかしい性格と評されたという。懸想し恋文を贈った婉子女王(為平親王の娘)が藤原実資に嫁したのちに詠んだ和歌が『大鏡』に伝わる。また、藤原公任・実方・信方などと親しかった。『拾遺和歌集』(2首)以下の勅撰和歌集に49首が入首している。家集に『道信朝臣集』がある。

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