祐子内親王家紀伊

祐子内親王家紀伊の和歌

短 歌
音に聞く高師の浜のあだ波は かけじや袖のぬれもこそすれ
意 味
うわさに聞く高師の浜のいたずらに立つ波に袖が濡れないように、浮気で有名なあなたに気をつけないと、涙で袖をぬらすことになってしまうでしょう。

祐子内親王家紀伊の人物像

祐子内親王家紀伊(ゆうしないしんのうけ の きい、生没年不詳)は、平安時代院政期の女流歌人で、後朱雀天皇の皇女祐子内親王の女房。女房三十六歌仙の一人。一宮紀伊、紀伊君とも呼ばれる。従五位上民部大輔春宮亮平経方の娘とも、藤原師長の娘である堀河院御乳母典侍紀伊三位師子と同一人物ともいわれており父親は定かではない。母は「岩垣沼の中将」の作者祐子内親王家小弁(こべん)。紀伊守藤原重経(素意法師)は兄とも夫とも言われている。 祐子内親王家紀伊(ゆうしないしんのうけのきい)

祐子内親王家紀伊の経歴

母と同じく祐子内親王家に出仕したこと以外は、伝記的情報はほとんど知られていない。歌人としての活動は、1113年(永久元年)「少納言定通歌合」への出詠まで確認されている。

祐子内親王家紀伊の逸話

大久保利通の詠として、

音に聞く高師の浜のはま松も世のあだ波はのがれざりけり

明治時代に高師の浜(現在の浜寺公園付近)の松が薪や材木として伐採されることを嘆いた歌で、この紀伊の歌の本歌取りである。現在は『惜松碑』と呼ばれる石碑が建てられている。

ここでクリア